nananashinaの日記

禁欲・禁酒で人生を立て直す

3日目 しあわせのかたち

庭から僕を呼ぶ妻の声が聞こえた。

キッチン台の上にある球根を持ってきて欲しいと妻は言う。

 

球根は豆腐のビニール容器に水没していて青白い芽と根を出していた。

僕はそれを持ってバルコニーから外へ出る。

 

今日は12月7日なのに春みたいな天候だった。

雪国と言われる新浜県なのに、今年はまだ一度も降雪がない。

挙げ句の果てには今日の室内温度は21℃に達している。

 

「異常気象なのだけど、むしろ嬉しい限りです」と妻は言う。

妻の足元には2人の子供がまとまりついていて、妻を中心にくるくると公転している。

 

携帯電話が震える。

折りたたみの携帯(僕はスマートフォンが苦手だ)を開くと母親からだった。

 

「あんた今何してると?」「ええと、庭仕事、かな」「栗おこわ作ったから取りに来れるか?」「行ける行ける」「じゃあ、今から来い」

 

プツっと電話が切れる。

 

「誰から?」「お母さんから。栗おこわ作ったから取りに来いってさ」「えー、すごい。お母さんの作った栗おこわすごくおいしいから好きです。プロみたいだから」「まあ、実際、プロだしなあ」

 

僕の母親は専業農家だ。そして、それを食材にしてなんでも作る。

それを市場に売ったり地元のスーパーで売ったりしている。

(ちなみにスーパーではバーコードの下に母親の名前が表記されている。まるで人間を売ってるみたいだ)

 

「ちょっと取りに行ってくる」

 

僕は車に乗り込み、エンジンを掛ける。

カーナビにDVDが入っていて勝手に再生される。DVDは劇場版のポケモンだった。

 

空は気持ち悪いくらいの青空だった。

申し訳程度に雲が浮かんでいる程度だった。

 

今、僕は幸せだろうか?

 

幸せな家庭。借金をせずに建てた一戸建て。母親も父親も元気。

仕事も上手く回っている。僕はまだ若い。子供は健康。妻も僕も健康。

 

今、僕は幸せなんだ。

幸せっていうのは、こういうものなんだ。

 

 

ウイスキーをコップに注いだ。琥珀色が怪しく揺らめいた。

 

会社から狭いアパートに帰り、蛍光灯の電気を点ける。

淀んだ空気と光景が眼下に広がる。僕はパソコンを立ち上げ、艦隊これくしょんを始める。

 

艦隊これくしょんはゲームである。

やや人気の全盛期は過ぎたが、オタク界隈ではまだ話題の中心になっている。

 

僕は独身だ。彼女もいない。

 

艦これとウイスキーは合う。僕は服を着替えながらマウスをクリックする。

艦これを遊ぶと僕の頭は楽になる。何も考えなくてもいい。ただ僕は状況を見てクリックする。

艦これは、いわば、ドラクエにおけるレベル上げだけを永遠と遊ぶゲームである。

もちろん、いろいろな要素がある。けれど、プレイ時間の9割はレベル上げである。

効率の良い悪いはある。課金・無課金の差はある。

でも、それにしたって基本は時間をどれだけ費やすかが重要なのだ。

 

僕はウイスキーをちびちびとやりながら艦これをする。

 

今、僕は幸せだろうか?

 

画面の中で美少女たちが戦い、笑い、傷つき、そして成長している。

僕はそれを見てウイスキーを飲む。何も考えなくてもいい。幸せだ。

結婚なんかしなくてもいい。彼女なんかいなくてもいい。というか、無理だし。

僕はこうやってウイスキーをちびちびやりながらゲームをして楽々したい。

そしてお金を貯めて、楽々な老後を迎えたい。

親は泣くかもしれない。でも、そんな親もいずれ亡くなる。

 

僕の人生は僕のものだ。親不孝かもしれないが。

 

育てようとしていたキャラクタのレベルが上がる。

クラスチェンジが出来るレベルに達する。僕は嬉しくてウイスキーを追加してしまう。

 

今、僕は幸せなんだ。

幸せっていうのは、こういうものなんだ。

 

 

耳が吹き飛ぶような爆音が断続的に聞こえ、同時に、コンクリートの壁に次々と穴が空いていく。

僕とクランは身体を伏して嵐が過ぎるのを待つ。

外から民兵たちの怒鳴り声が聞こえる。

 

国連軍の軍用ドローンが今日も僕たちの街を蹂躙している。

 

ドローンは熱量のある動くものを撃ち殺そうとする。

ドローンの前を走ろうものなら次の瞬間には肉の破片になっている。

一番賢い方法はこうやって伏して動かないことだ。

 

動かない限りは熱量変位がなく、すなわち、狙われない。

 

民兵たちが火炎瓶を投げつける。

ドローンは火炎瓶を撃ち抜き、拡散した火種に向かって無駄撃ちを続ける。

だいたい30秒も撃てばオーバーヒートし、冷却に30秒を要する。

 

その間に金属バットで殴りつけるというのがドローン除去の定石である。

 

ガキン、と硬い音がし、直後に腹に響く銃撃音が聞こえ、そして、男の悲鳴が聞こえる。

金属バットで壊すのにはコツがいる。どんなコツなのかはよくわからない。

伝承される前にドローンの餌食になってしまうのだ。

 

クランは震えている。

 

「いつまでこんなバカげた日常が続くんだよ……」

 

国連軍はテロリストと非テロリストの区別がつかないことを知っている。

というより、非テロリストであっても、次の日にはテロリストになっていることがあるのだ、この国では。

身も蓋もない言い方をすれば、僕たちは全員、先進国を憎んでいて、いつ本当のテロリストになってもおかしくない。

だって、あいつらは僕たちを奴隷のように扱い、虐げ、挙句の果てにはテロリスト扱いする。

憎まない理由が何一つない。

 

そして、だからか、こんなドローンを毎夜送り込んでくる。

 

今、僕は幸せだろうか?

 

まともにご飯を食べてない。いつ撃ち殺されるかもわからない。

財産も安定した仕事も水も食事もなにもない。病気なんかしたらそれは死を意味する。

 

クランが僕にしがみつく。

 

僕はクランを守りたい。

でも、そんなのは言葉だけだ。思いだけだ。

 

ドローンが鈍い音を立てて旋回する。

時折発砲する。その瞬間、世界全体に稲妻が走るみたいに明るく光り、凄い音が鳴る。

 

そしてその音が鳴るとき、大抵、誰かが死ぬのだ。

 

こんなことになんの意味があるんだ?

 

本当のテロリストはどっちなんだ?

 

僕はクランを抱きしめながら、睡魔に襲われる。

次の日になればまた道端に沢山のなきがらが転がっている。

知っている顔もちらほらいるんだろう。

 

クランが寝息を立てる。

僕も眠る。

 

今、僕は幸せだろうか?