nananashinaの日記

禁欲・禁酒で人生を立て直す

2日目 良い夢を

子供の頃、大人は魔法使いのように見えた。

 

トランプを重ねて塔を作っている僕の遥か遠くで超高層ビルが建築されている。

僕が息を切らせて駆けっこをしている横で新幹線が時速300kmを超えて疾走している。

僕がクレヨンで汚い絵を描いている横にはiPadがあって、それはただのガラスの板のようにしか見えないのに写真のような画面が映り込んでいて、しかもそれはタッチすることで操作できるみたいだった。

 

大人はなんでもできる。

大人になれば僕もあんな魔法が使えるようになるのかもしれない。

 

ワクワクするような冒険をして、映画みたいに格好よく『悪いやつ』を倒して、痺れるほど美しい絵を描き、音楽を奏でる。

そして、可愛くてしっかり者の女の子と結婚して、幸せな家庭を作り上げる。

 

 

リトマス試験紙というものがある。

それはpH値を測るために使われる。酸性かアルカリ性かを色で判別することができる。

 

クリスマスにおけるサンタさんの存在をどう認識するか、それはある意味、リトマス試験紙である。あるときピタリと子供に貼り付けられる。

 

でも、どうなんだろう。

子供の成熟度をそれによって測ることは本当に可能なのだろうか?

 

身も蓋もないことを言えば、子供は初めからサンタさんを信じていない。

サンタさんの物語は初めからドラえもんの物語と同列に扱われている。

 

もちろん、実際には居てほしい。ドラえもんと同じくらい、居てほしい。

けれど、それが大人の作った物語であることは初めから知っている。

もっと具体的に言えば、サンタさんはメタフィクションだということを知っている。

 

子供は大人に試されている。

サンタさんを早期に否定すればそれは可愛げがないと思われることを知っている。

だけれど、あまりにもサンタさんを信じているフリを続ければ心配されることも知っている。

大事なのは一番プレゼントをもらえる効率が高いのはどのあたりかである。

ポケモンの新作が欲しいということをお父さん(サンタさん)に如何にして伝えるかに苦心する。

 

 

サンタさんが本当に居ればいい。

ディズニーの夢の国が本当にあればいい。

みんな幸せで平和な瞬間が本当にあればいい。

 

大人が魔法を使って、世の中が豊かに幸せになればいい。

 

僕は『このくそったれな世の中』とか『クズみたいなおっさん達がのさばるくだらない社会』とかそんなことを言ったりはしない。

そんなことをエフェクターを噛ませて歪ませてアンプで増幅させたギターを背景に絶叫してみたところで何もならないことを音楽の歴史の中で知っている。

 

電車の中にいた、疲れ切ってよれよれになったおっさん。

目に光がなく、泣きそうな顔でビールを飲む。するめイカを噛みしめる。

太っていて、顔も脂ぎっていて、薄い髪の毛を繊細に撫で回している。

 

あれは、僕だ。

 

直感する。

あんなおっさんにだけはなりたくない、とか思っていても逃れようがなく、あんなおっさんになる。

あんなおっさんになるのは社会が悪い、システムが悪い、と言ってみたところで、どうやら紀元前の時代から同じことが同じように言われているようであり、分が悪い。

 

ちなみに、紀元前から言われている『定型文』は下記のような言葉があるらしい。

 

・最近の若者はなってない。

・最近の若者は頭を使ってない。勢いだけしかない。

・社会のシステムが良くない。

・政治が悪い。

・結婚ってのは、我慢なんだよ。良いとか悪いとかではないんだよ。我慢なんだよ。

・おっさん達が悪い。

 

話を戻す。

子供はバカじゃない。幼稚でもない。大人にはうまく説明できないけれど、サンタさんもディズニーもメタフィクションであることを知っている。

そして、大人が魔法使いじゃないことを知っている。信じたかったけれど。

 

信じたかったけれど、大人は魔法使いじゃないことを知っている。

 

 

メタフィクションとは何か。

 

例えば、物語の中のキャラクタが突然こんなことを言う。

 

「あんた、この水着、着なさいよ。たまには読者サービスしないとね」

「ど、読者って、なんのことですか!?」

 

物語の中のキャラクタが、これが物語であることを意識している。

この世界が結局はタバコを吸いながらパソコンを触っているおっさんの脳内世界であることを知っている。

紙に染み付いたインクの染みのパターンであり、パソコンのメモリ内の電位差であることを知っている。

知っている、というより全て単なる自作自演、人形劇であることに作者も読者も自覚的であること。

 

桃太郎がキジに吉備団子を食べさせながら言う。

「これって結局、大昔からサラリーマンの構図があったってことだよな」

 

ハルハラハルコが予告で早口に言う。

「まあ結局これアニメだからなんだっていいんだけどね。次回、メディカルメカニカの手が動く。いや動かない。どっちでもいいや」

 

サンタさんはいない。

昔はいたかもしれない。

でもチバユウスケが歌ったように、サンタクロースが死んだ夜は既に遥か昔のことになる。

 

サンタは死んでいる。

お父さんはポケモンの新作をamazonで注文している。

僕は枕元にポケモンの新作があることを期待する。

 

どんな風に振る舞えばいいんだろう?

ありがとう、サンタさん、なのか。

ありがとう、お父さん、なのか。

 

どっちにしてもお父さんは寂しげな顔を見せるに違いない。

 

 

ああ、僕は。

 

ドフトエフスキーの小説をなぜか思い出す。コンビニの本棚の前で。デリヘル嬢を待っている。東京で。

東京という大雑把な言い方で。僕はいつしかデリヘル嬢を呼ぶようなおっさんになっている。

新幹線の中でビールを煽り、泣きそうな顔でiPadを撫でるおっさんはやっぱり僕だった。

ひときわ目立つ派手な容姿のデリヘル嬢が車から降りてきて、その沈んだ表情を僕は見てしまう。

目印に黒い帽子をかぶっていた僕はそのままコンビニの出口に歩く。デリヘル嬢は僕を見て少し笑う。

僕はそっと手を差し出す。僕が出来ることはあまりない。ただ、親切にやさしく出来ればいいなくらいしか、ない。

 

雨が降っていた。細い針のような小雨が東京に刺さり続けていた。

結局、僕はこの人生で何がしたかったのだろうか。道半ばにして殆ど忘れてしまった。

絵が描きたかった。漫画が描きたかった。小説が書きたかった。ピアノが弾きたかった。

 

幸せに生きたかった。

 

彼女の手は冷たかった。東京の街はあまりにも人が多くて僕らの存在は統計的にキャンセルされていた。

ホテルまで歩く間、僕らは天気の話とフィギュアスケートの話をした。

僕は羽生結弦くんの素晴らしさをしゃべった。彼女はどうでもいいみたいだった。あんまりテレビは見ない、と言った。

 

ああ、僕は。

 

サンタはいない。ドラえもんもいない。

2万5000円を払う。それがスーパーファミコンの定価と似ていることをなぜか思い出す。

 

彼女は柔らかく、そして、温かく、よそよそしく、メタフィクションだった。

 

ゴダールの映画のように、様々な記憶の断片が挿入される。

白黒でカメラがぶれて、それはベトナム戦争の従軍記者の回したフィルムだった。

 

僕と彼女はホテルを出た。

僕は射精しなかった。できなかった。僕は演技できなかった。

 

僕は何がしたいんだろう。

絵が描きたかった。漫画が描きたかった。小説が書きたかった。ピアノが弾きたかった。

でも、机の前に座り、白紙を用意してペンを持っても、僕は何もできない。

電気屋さんの電子ピアノで、ワンフレーズを弾いて、恥ずかしそうに逃げていくことしかできない。

 

 

いつしか僕は大人になっていた。

魔法を使う側になっていた。

大人になり、確かに、ちょっとした魔法は使えるようになっていた。

 

ちょっとした暗算が出来るようになっていた。

なぜ空は青いのかを理系っぽく説明することが出来るようになっていた。

ちょっとした絵程度はさらさらと描けるようになっていた。

ちょっとした曲程度はピアノで弾けるようになっていた。

会社で設計した製品が世の中に販売されるようになっていた。

 

けれど、僕自身は全然、大人になった感じはしなかった。

もちろん、外観はおっさんだった。年齢も若くはなかった。

 

魔法のような建築物の基礎杭が短いとかで揉めているニュースを見て、自分ごとのように思えた。

テロリスト達が事案を起こすニュースを見て、自分ごとのように思えた。

月曜日に電車に飛び込む人たちを見て、自分ごとのように思えた。

 

結局、大人は魔法使いでもなんでもない。

結局、サンタクロースもドラえもんもいない。

 

仕事も人生も上手くいかず、どこかで嘘をついて、ごまかして、気持ちの悪い笑い方をしている。

最新のテクノロジーを駆使して女性の裸の画像を見たりしている。

 

いつしか新幹線に乗って、嘘だらけの日程表を泣きそうな顔で見ながら、缶ビールを開けている。

コストパフォーマンスに優れているスルメイカをチョイスしている。

ベルトがきついから緩めている。

窓に映る自分の顔が典型的なおっさんの顔になっている。

 

そんな自分を若者が怪訝な顔で見ている。

でもな、お前らもいずれわかる。

お前らもいずれ僕になる。今を楽しんでおけ。

 

趣味も興味も失う。秋葉原に来たって何も心が踊らない。

ファミコンを見てもメガドライブを見てもPC-98を見てもMSXをみてもX68000を見ても、ああ、そうだった、これは懐かしいのかもしれない、としか思わない。

僕はオタクだ。なのにオタク的なものに興味を失っている。

日本で一番大きなゲームセンターに行く。

確かに、いろいろとある。でも、それだけだ。

まるでインターネットをしているみたいに、画像だけが通り過ぎ、心に火がつくことはなかった。

道にメイド服を着た少女がいた。ティッシュを受け取る。

僕はまるで、こんなのは教育に悪い、誠にけしからん、と苦虫を潰した良識派のおっさんのような顔で歩いている。

 

いつしか僕は立派なおっさんになっている。

 

 

子供の頃、大人は魔法使いのように見えた。

 

僕は夢の中でだけ会える友達と空を飛び回っていた。

いつしかその友達のことを忘れてしまうだろう、と大人は僕に言った。

サーカスのテントの中のような極彩色でちょっと不気味な空間の中でピエロの顔をした大人は言った。

 

大人はね、君。

大人はね、君、ズルいんだよ、僕みたいにね。

 

ピエロはそう言い、ウイスキーの瓶をポケットから取り出す。

ピエロの背景に大きなディスプレイが浮かび、そこには顔のない少女たちが映し出される。

大人はね、君のような心を、忘れてしまうんだ。

なぜならね、君のような心ではこの世界で生きていけないからね。

 

そしてピエロは赤い帽子をかぶり、白い付け髭を顔につけ始める。

 

「さあ、仕事をしよう。君は何が欲しい? おっと言わなくてもいい。知ってるさ」

 

そう言ってピエロはamazonの箱を開く。

 

 

大人は魔法使いではない。

むしろ、魔法を失ったのだ。

 

そして僕も大人になり、魔法を失った。

 

たまに夢の中でだけ思い出すことがある。

子供のときには身体の中にあった魔法の片鱗を。

 

大人は魔法使いじゃない。

そして僕もまた魔法使いじゃない。

 

でも、かつては魔法使いだった。

あるいは魔法を信じていた。

 

だから、せめて、夢の中だけは、魔法が使えてもいいじゃないか。

 

せめて、夢の中だけでも。

それが儚い夢だったとしても。