nananashinaの日記

禁欲・禁酒で人生を立て直す

38日目 こだわりがなくなる日

執着を無くすことが大事、という言葉を信じるフェイズは存在する。
仏教、坐禅、瞑想、そういうパワーコードとセット販売されることが多い。

藁をも掴む思いで執着を無くす。
それなりに効果があり、どこかに着地する。
そこに家を建てる。
しかし、その家はあっという間に狼によって破壊される。

この世界は狼で出来ている。
狼に勝つためには、更に狼らしい狼になる必要がある。

いえいえ、狼なんてあんな穢らわしいものになるなんて真っ平です、私は喜んで羊になります、
そう言って飲み会を途中で退座した彼の家は狼によって焼き払われてしまった。

うどんよりそばが好きだ、うどんなんて○○○だよ、と暴言を吐いた彼はその瞬間に世界の半分を敵に回す。
もう一方の半分は彼の死に様をウォッチするハイエナになる。
彼は混雑して散らかるTwitterを見て、困難な状況を知る。

時の総理大臣が彼をRTし、うどんも美味しいよ、などと言うものだから、彼は夜も眠れない。

出社し、直後、常務に呼ばれ面接室に入っていく。
これはお前のアカウントか? と聞かれ、ぷるぷる震えながら頷く。

業務の引き継ぎをする。
うどん発言で退社。
退社の理由。うどん。

帰り道、彼は狼になる。
禁じていた酒を飲む。
回転寿司屋で飲む。ハイボールを注文する。
250mlくらいの小さな缶が出て来て、これが400円。
茫然としながら、炙りサーモンとマグロを注文し、芋焼酎を注文する。
iPhoneのロックを解除。Googleのセーフモードを解除。
イメクラを予約。チカンデンシャのシチュエーションで予約。
アラームが鳴り、炙りサーモンが届く。
身体が浮遊している気分。地面に脚が付いていない気分。
減塩醤油を掛け、いや、バカ言うなと濃口醤油をかけ直す。

狼になる。

ハイボールを2秒で飲む。
耳が遠くなる。ポケットに拳銃が入っている気分になる。
三島由紀夫。この、拳銃の重さ。現実の拳銃の重さ。
この重さが俺を自由にする。
芋焼酎を飲み、むせる。マグロが届く。
布の匂い。洗いたての水っぽい匂い。
女性に触り、3秒で飽きる。飽きたことが女性にも伝わる。
柔らかさが興奮を誘わない。発情期ではない犬は発情しない。
駅のホームではてなブックマークを見る。
うどん発言で退社、が怒涛の人気を集めている。
これが自分のこととは思えなかった。

そして、あっという間に消費されて消えていくのだろう、それに救いと寂しさを感じる。

Twitterアカウントを消し、はてなブログアカウントを消し、amazonアカウントも消す。
ホームのベンチで。明日から無職になる。
うどんで無職。圧倒的なスピードで無職。

俺は狼になる。
ポケットに手を入れる。
拳銃を取り出す。
でも、実際にはそれはただの水平器であり、彼はホームのベンチの水平度を測定する。

傾き、1度。

すっごくどうでもいい。
彼は狼になる。禁欲や禁酒とは正反対の酒池肉林に存在する。
ハイボールと、芋焼酎と、制服姿の女と交わった。
まさに狼らしい狼だ。

全ての束縛から逃れ、明日からは完全なる自由。

傾き1度。

電車がホームに入ってくる。
彼は線路に飛び込むことを考える。
考えるだけだ。でも、背後から声が聞こえる。

お前は腰抜けか?

今、なんて言った?

お前は腰抜けか? って言ったんだ。

腰抜けだと?

腰抜けだ。お前は。

腰抜けだなんて、言わせない。

そんなマイケルJフォックスのような顔で電車に乗り、空いてる席に座ってはてなブックマークを見る。

旦那の自転車を断捨離しました。

そんな釣りエントリーを見て彼はiPhoneの電源を落とす。

どうでもいいや。
なんでもいいや。

投げやり。こだわりも何もなくなる。
執着もなくなり、ただの骨と皮になる。
以降の彼を知るものは誰もいない。

そんな彼が僕のMacBookAirを見て、執着だ、と言う。
僕はまだMacBookAirの復活を夢見ている。
死体に花を添え、怪しげな薬を塗り、呪文を唱えている。

もしかしたら、復活するのではないかと。
まるで眠りから覚めたように、からっと起き出して、いつものように輝き始めるのでないかと。

執着だ。

彼は笑う。

死んだ母親を弔うことなく、アパートの一室に寝せ続けた少女のような目で笑う。
母親が死んだことを信じたくなく、物理的に消えても信じたくなく、誰にも相談できずにいた少女のような目で笑う。

僕はうどんを食べる。

僕だって同じだ。
こだわりなんてない。
事実なのに信じたくないこともある。

MacBookAirは動かない。