nananashinaの日記

禁欲・禁酒で人生を立て直す

日報5日目 超ひも理論

「あなたでしたか。オナ禁、断酒、そういうつまらないものに目を向けさせて本当に大事なものを気付かせない、不敵な策士は」

 

突然、そんなことを言い始める少女の名前はまだ無い。

それどころか、もしかしたら少女ではないかもしれず、少年かもしれず、定年を迎えたおじいちゃんかも知れない。

 

「私の知り合いに立派な宗教家がいましてね、彼の宗教では左手や左脚は不浄のものだと信じていました。だから何をするにも右手と右脚ばかり使うんですね。周りの人はてっきり、そういう病気なのかと思ってたくらいです。でも、あるとき、彼に向かってサッカーボールが飛んできましてね。そしたら、彼。無意識にそいつを左手で叩き落としたのです。何食わぬ顔で」

 

「何が言いたいのかしら?」

 

僕の隣で黄瀬さんが低い声を出す。

その少女だか少年だかおじいちゃんだか、まだ姿の決まっていない彼女に向かって。

 

「私は宗教を否定したり笑ったりはしませんけれど、でも、果たして制限というのはいったいどれだけの意味があるのかなと思うわけですよ。生きるというのは無限の可能性の中を泳ぐようなものですけど、その選択肢のほとんどが死亡フラグなのは生まれて3時間くらいで気づく定理でしてね。5個、10個くじを引いて全部はずれだったら、基本的にそんなクジは今後も全部外れに違いないと3時間半くらいで思うわけですでしょ?」

 

「ちょっと何を言ってるのかわからないけど、これ以上近づかないで」

 

「そうやってハズレばかりのクジに絶望して、色んな可能性の奥の罠に気づいて、いつしか保身に走って、狭い空間で自分の匂いを嗅ぎながらパンの端っこを齧って、これが幸せなんだ、身の丈にあった人生なんだ、色んな人間はいるけれど、実際のところ、人間はこのようにしか生きることができないんだ、と思うわけですでしょ? そしてそれを具体的にするべく、禁欲・禁酒に手を出して、去勢して、さらにもっと狭い空間に自分を押し込んでいく。ノーリスクノーリターン。狭い狭い空間に自分の身体と心を押し込んでいき、その狭さが逆に心地よくなって、広い路地では派手な言い争いや裏切りや喧嘩が繰り広げられていて、虫けらみたいに人間の命が散っていって、それをまるでテレビの向こう側に見るみたいに見て、さらにどんどんと狭いところへと自分を押し込んでいく」

 

「……何が言いたいの?」

 

「それがあなたの世界観なのでしょ? そんな変なものを私たちに押し付けないでくださいな」

 

第1話 膜宇宙

俺、夜空の星を見るのが好きでさ、毎日色々と星を観察してたんだけど、どうしても動きが変な星があるんだよ。

フラフラと惑ってるみたいな奴がいるんだよ。

まあ、仲間内では惑星って呼んでるんだけど。

そいつの動きをよく見てるとさ、めちゃくちゃな動きなんだけど、なんか、妙な法則性があってさ。

なーんか、この動き、見たことがあるんだよなーと思ってて。

で、色々と考えて見たんだけど。で、ちょっと思ったんだけどさ。

もしかして、夜空の星が回転してるんじゃなくて、この俺たちのこの地面自体が回転してるんじゃねえのって思って。

例えば、あの太陽って奴を中心に動いてるんじゃねえのって思って。

実際、計算してみると、惑星の動きのつじつまが合うんだよ!

太陽って神様だろ。だから、つまり、やっぱり、この世界の中心は神様なんだよ。

 

(1日後)

 

あ。また会ったな。ちょっと今日も酒飲み話していい?

昨日、変なこと言っちゃったじゃん。あれよりもっと変な話していい?

この世界って、3次元だろ。縦横奥行きの軸がある。

でもさ、昨日のテレビでも言ってたけど、3次元だけじゃこの世界は説明しきれないわけよ。

俺たちクラスの大きさならいいんだけど、もっと微細なスケールを考えていくと、量子力学的な振る舞いの世界になるわけよ。

量子力学ってのはざっくり言えば実態のない曖昧な確率論的な世界観なわけ。

俺たちの身体はタンパク質で出来てるけど、顕微鏡で、電子顕微鏡で見れば、COH=HCH=COH2みたいな分子の塊で出来てるわけ。

あ、今の適当に言っただけだから。

で、そのC、炭素をもっと拡大すると、原子核とその周りに確率的に存在している電子群が見えてくるわけよ。

金属、例えばステンレスを拡大しても同じだろ?

鉄、クロム、ニッケル、よくわかんないけどそいつらを拡大していると炭素がちょっと混じってて、それは同じじゃん、さっきの俺たちの身体の一部分と。

で、原子って何? 電子って何?

ってさらに拡大していくと、その構成要素が見えてきて、それらは最終的には紐みたいな変な奴なわけ。

紐が振動してて、その振動の仕方の違いで性質が変わってて、そいつらは生まれたり消えたり好き勝手してる。

それらがもやーっと確率論的に空間に分布してて、それがたまたま炭素みたいな性質を持ってるから炭素なんだみたいな。

そこで思うじゃん。なんで分布が偏ってるのって。

ビックバンでスパーンと世界が生まれてエネルギーが飛び散って、普通に考えれば対称的に飛び散るはずなのに、いつしか偏ってる。

 

非対称が生まれてる。

 

その理由は昨日の新聞の4コマ漫画で言ってたな。

紐の振動、すなわちスピンの向きの影響だ。そいつが非対称を生み出してる。

それが故に偏在し、確率的に物質という名のもやもやした雲を生み出してる。

 

そこで次の疑問だ。

なぜ、スピンの向きがある?

答えは簡単だ。気まぐれだ。

この俺たちのいる宇宙は、たまたまそういう宇宙なんだ。

 

本来、宇宙は3次元じゃない。

でも、目に付着したコンタクトレンズみたいに、多次元の宇宙に膜が発生することがある。

膜は次元が低下する。いわゆる、特殊な環境ってやつだ。

そこでは宇宙にまつわる関数が安定する。スピンの向きが安定する。

 

炭素が炭素であり続ける。

俺たちが俺たちであり続ける。

iPhoneが今日も明日も動く。

 

なんで俺たちがそんな特殊な膜宇宙にいるかって?

答えは簡単だ。

 

たまにはそんなこともあるんだよ。

「……なんですか? 今のは」

 

「私なりの反論、かな」

 

黄瀬さんは言う。

長い黒髪をぱらっと払って見せる。

 

「私の結論は、さっきの通り。スピンの方向は揃えたい。出来得る限り」

 

「高校物理学のレベルで宇宙を語るのは恥ずかしいですよ?

 だいたい、非対称の意味が間違えてますし」

 

「雰囲気があってればいいの。結論は同じ。私はスピンの方向を揃えたい。それだけ」

 

「ふうん。あなたはそれでいいんですか?」

 

突然話を振られても僕には何も言うことができない。

 

「良いに決まっています」

 

黄瀬さんはきっぱりと言う。

 

水曜どうでしょう、じゃないですけど、

 私は一生、この人の射精を管理します」

 

黄瀬さんはきっぱりと言ってのける。